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福岡高等裁判所 平成6年(く)119号 決定

少年 M・K(昭51.11.11生)

主文

原決定を取り消す。

本件を福岡家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、抗告人が提出した抗告申立書及び抗告申立書補充理由書に記載されているとおりであるから、これらを引用するが、所論は、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定について、決定書が作成されていないから決定に影響を及ぼす法令違反があり、また、重大な事実の誤認があるというのである。

そこで、本件少年保護事件記録及び少年調査記録を調査して検討するに、平成6年10月21日に福岡家庭裁判所において、本件保護事件について審判が開かれ、裁判官が少年に対し、中等少年院(一般短期処遇)に送致する旨の保護処分の決定を告知したが、同裁判官はその後、病気で入院したため、右決定書を作成していないことが認められる。

ところで、少年審判規則36条、2条1項によると、保護処分の決定をするときは、裁判官が罪となるべき事実及びその事実に適用すべき法令を示して決定書を作成し、署名(記名)押印しなければならないから、原裁判所の手続には、法令によって要求されている決定書(同規則2条6項の決定を記載した調書も作成されていない)を作成しなかった法令違反があるというべきである。

そして、決定に対し抗告がなされた場合、適法な決定書が作成されていないという法令違反は、結局抗告審における審判を不可能とする結果を招き、決定に影響を及ぼすことになるから、原決定は取り消しを免れない。

よって、少年法32条、33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である福岡家庭裁判所に差し戻すことにして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 永松昭次郎 裁判官 徳嶺弦良 長谷川憲一)

〔参考1〕 送致命令

平成6年(く)第119号

決  定

本籍 大阪府枚方市○○町××番地の×

住所 福岡市南区○○×丁目××番××号

佐世保学園在園中

少年 M・K

昭和51年11月11日生

右付添人弁護士 ○○○○

右少年に対する窃盗、公務執行妨害、傷害保護事件について、平成6年10月21日福岡家庭裁判所がした中等少年院送致決定に対し、少年の付添人から適法な抗告の申立があり、これに対して、当裁判所は、平成6年11月14日原決定を取り消し、事件を福岡家庭裁判所に差し戻す旨の決定をしたので、少年法36条、少年審判規則51条1項により、次のとおり決定する。

主文

佐世保学園長は、少年M・Kを福岡家庭裁判所に送致しなければならない。(裁判長裁判官 永松昭次郎 裁判官 徳嶺弦良 長谷川憲一)

(原文縦書き)

〔参考2〕 差戻審(福岡家 平6(少)2934号(抗告前平6(少)2117号、2537号)、2776号、511882号、平6.11.28決定)

決  定

本籍 大阪府枚方市○○町××番地の×

住所 福岡市南区○○×丁目××番××号

職業ガソリンスタンド店員

少年M・K 昭和51年11月11日生

上記少年に対する窃盗、公務執行妨害、傷害保護事件(上記抗告前2117号及び2537号事件)につき、当庁で平成6年10月21日なした中等少年院送致決定(一般短期処遇)に対し抗告がなされ、同年11月14日福岡高等裁判所で原決定を破棄し原裁判所に差し戻す旨の決定があつたので、当裁判所は、上記原決定後送致された毒物及び劇物取締法違反及び道路交通法違反保護事件をも併合して審理し、次のとおり決定する。

主文

少年を福岡保護観察所の保護観察に付する。

理由

(非行事実)

(1) 平成6年少第2934号(抗告前同年少第2117号)事件記録中の少年に関する司法警察員作成の平成6年8月8日付送致書記載の第二、第三の非行事実

(2) 同年少第2934号(抗告前同年少第2573号)事件記録中の司法警察員作成の同年9月21日付送致書記載の非行事実

(3) 同年少第2776号事件記録中の司法警察員作成の同年10月25日付追送致書記載の1、2の非行事実

(4) 同年少第511882号事件記録中の司法警察員作成の同年10月20日送致書記載の非行事実

と同一であるから、これをここに引用する。

少年及び付添人は、上記(2)の事実につき、少年がA巡査長に対して暴行を加えたことを否認し、付添人は警察官の職務執行に適法性がなかった旨主張する。そこでまず、暴行の点について検討するに、証人A、同Bの当審判廷における各供述、両名の司法警察員に対する各供述調書、医師C作成の診断書、同人の司法警察員に対する供述調書によると、少年がA巡査長に対し上記(2)の事実記載のとおりの暴行を加えたことをが認められ、かつ、同記載のとおりの傷害を負わせたことが認められる。証人D子の当審判廷における供述中には、少年は警察告を殴っていないと思う旨述べている部分もあるが、それは少年が暴行しなかったと同証人が思うとの推測を述べているのであり、かつ、同証人は同供述の中で、ずっと少年の方を見ていたのではなく、A巡査長から職務質問を受けていた時間があってその間は少年の方を見ていなかったし、そのほかの時間でも少年の方を見ていなかった時間があったのであり、つまり同証人が見ていた限りにおいては少年が暴行をするところを見ていない旨供述しているので、同証人の供述は上記認定と矛盾しない。

次に、A巡査長の職務の適法性の有無についてみるに、A及びB両証人の審判廷における各供述、両名の司法警察員に対する各供述調書、証人D子の審判廷における供述、同人の司法警察員に対する供述調書、少年の当審判廷における供述の一部、少年の司法警察員に対する供述調書(7枚綴りのもの)によると、以下の事実が認められる。すなわち、本件(2)の非行日である平成6年9月19日午後3時ころまで福岡県○○警察署において、同年9月9日D子を同乗させて普通乗用自動事を無免許運転した交違違反の件(本件(4)の事件)で取り調べを受け、D子も午後3時直前ころまで参考人として事情聴取を受け、午後3時過ぎころ、2人で同警察署を出、少年はバイクを押しながら、福岡市西区○○へ行くつもりで少年とD子は約40分間ずっとシンナーを吸いながら歩き、少年は吸入しているうちに気を失いかけ(少年自身は「気を失った。」と審判廷で述べた。)、本件現場(西区○○×丁目×番×号前道路)で少し休むこととし、ポリ袋入りのシンナーを道路脇の土手に置き、D子が少年のバイクに乗って出掛けたのですぐ戻るものと思って立って待っていたら、約20メートル先の方から制服の警察官2人が少年の方にやって来るのを見、あぶない、と思って少年は土手に置いているポリ袋入りのシンナーを道路脇の薮に投げ捨てた。一方、B及びA両巡査長は○○警察署○○派出所で勤務中、上記道路上で若い男女2名がシンナーを吸っているという住民からの通報があったので、両巡査長が派出所備え付けのバイクに乗車して上記道路近くに午後4時ころ直行し、待ち受けていた上記通報者にA巡査長が「どこですか。」と尋ねたら、「あそこ」と場所を示したので、両巡査長が現場に着いた。少年は警察官を見るなり白っぽいポり袋を竹薮の中に投げ捨てた。(これが上記の、少年がポリ袋入りのシンナーを薮に投げ捨てた、という行為と同一である。)両巡査長は投げ捨てられた物に近付いてみると、少量の乳白色の塗料様のものが入ったポリ袋であったので,A巡査長は通報内容や少年の行動から毒物及び劇物取締法で規制されている塗料様のものを吸っていたと確信したので、少年に対し、「警察の者だ。今そのポリ袋を捨てたのを現認した。君がシンナーを吸っていたのだろう。」と質問したところ、少年は息から強いシンナーの匂いをさせながら「お前たちは何言いようとか。シンナーは前からあった。他の者が吸うとうと(吸っているのだ)。」と反抗的態度で言った。更に少年は両巡査長の職務質問に対し「おれは吸っていない。絶対吸っていない。」と声を張り上げ、現場を立ち去ろうとしたので、現場は一般公道上であるため同所における職務質問は少年に不利であると判断した警察官らは派出所への任意同行を少年に求めたところ、少年は「おれが何したか。」と言った。そこへD子がバイクに乗って戻ってきたので、無免許運転であると自ら言う同女に対しA巡査長が職務質問をし、B巡査長は少年に対する職務質問を続けていたが、少年は急にD子からバイクのキーとヘルメットを受け取り、バイクに跨がった。そうして、エンジンをかけようとするとみえたので、両警察官は少年がバイクに乗って去って行くものと思い、そうさせないため、A巡査長が後方からバイクのシートに手をかけ、B巡査長は「待ちなさい。」と言いながら、エンジンをかけようとするとみえた少年の手を押えてエンジンをかけさせないようにし、その直後少年の前記暴行がなされたものである。以上によると、両巡査長の上記行為当時の状況に基づき客観的にみて、両巡査長の職務執行行為は適法であったと認められる。

(法令の適用)

上記(1)につき、刑法60条、235条

同(2)につき、刑法95条1項、204条

同(3)につき、毒物及び劇物取締法24条の3、3条の3、同法施行令332条の2

同(4)につき、道路交通法118条1項1号、64条

(処遇の理由)

本件各事件記録、少年調査票、鑑別結果通知書の各内容を子細に検討し、殊に少年のシンナーへの耽溺状況、生活歴、行動傾向、保護者の保護態度の甘さ、交友関係などを考慮すると、少年の再非行を防止し、健全な社会生活をするようにこれを育成するためには、少年を少年院に収容して矯正教育を受けさせることが相当であるとも考えられるのであるが、少年は平成6年9月19日逮捕され、同月22日から同月30日まで勾留され、上記原決定後同月26日から少年院佐世保学園に在院し、同年11月15日観護措置をとられて本件審判日まで、合計71日間身体を拘束されていて自分のいままでの行動について反省していること、今後はシンナー類の吸入は一切しない旨誓っていること、保護者も充実した保護監督をする旨誓っていること、少年には交通短期保護観察(講習を受けさせて交通違反をしない自覚を促すことが主眼である短期間の保護観察)を受けたほかは従前何らの処分も受けたことがないことなどを考慮し、少年に対しては専門家による指導・援護を受けさせることによって更生を図るのが相当であると思料し、少年を保護観察に付することとする。なお、少年が、将来、車両はもちろんのこと一切の窃盗をしないこと、シンナーやトルエン等を絶対に吸入せず、所持もしないこと、道路交通法違反は決してしないことを確実に実行するよう保護観察担当者による指導がなされることを切望する。

よって、少年法24条1項1号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。(裁判官 久保園忍)

〔参考3〕 抗告申立書

抗告申立書

窃盗、公務執行妨害、傷害保護事件

少年M・K

右少年に対する福岡家庭裁判所平成6年(少)第2117号、第2537号事件につき、同裁判所が平成6年10月21日になした中等少年院送致決定は不服であるから抗告の申立をする。

平成6年11月2日

付添人弁護士 ○○○○

福岡高等裁判所 御中

抗告の趣旨

原決定を取り消し、本件を福岡家庭裁判所に差し戻す。

抗告の理由

一 原決定には、決定に影響を及ぼす事実誤認がある。

二 本件少年の少年院送致の決定の是非はともかくとして、処分の前提となる事実認定については、厳格かつ明確になされなければならないことは言うまでもないことである。ところで、少年は原審において、送致事実たる非行事実のうち、公務執行妨害及び傷害について非行事実なしとして争っている。そして、右を立証するため、まず、被害者たる現職警察官2名を証人として取り調べることを請求したところ、審判官は必要なしとして、この請求を却下した。また、審判廷においても、少年が争っている非行事実についてどう事実認定したのか明確にしなかった。その結果、審判調書にも非行事実の認定について明確に判断できうる事実は記載されておらず、審判官のほかは事実認定の真偽を知るものはいない。さらに審判期日から12日間を経た本日現在にいたるも、未だに審判官が作成すべき審判の決定書は作成されておらず、結局のところ少年が争っていた非行事実はどう認定されたのかわからないままの状態である。少年が、自らの非行を糧として立ち直っていく前提として、少年の処分の前提となる事実について少年の言い分がどう判断されたのかを知ることは極めて重要かつ有益なことである。

三 本件抗告の目的の第一は、この点を明確にするためのものである。従って、仮に原審が少年の言い分を受け入れたうえでなお、中等少年院送致を決定したものであるならば、少年は潔くそれを受入れ今後の更生に精をだし、本件抗告は取り下げるつもりである。しかしながら、原決定が少年の言い分を認めず、これについて証拠調べを請求したに拘らず、これを却下し厳格な証明なくして、少年の公務執行妨害及び傷害の事実を認めた上で、本決定を下したとするならば、それは明らかに決定に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があると思慮する。

以上の次第で本抗告をするものである。

四 なお、本件については、抗告期間が経過するに拘らず、未だに審判の決定書が作成されず、事実認定の状況が明らかにされていないという異常性を指摘したい。このことに鑑み、付添人としては、原審審判官において本件決定書の作成がなされ、当職においてその交付を受けて事実認定が明らかになった後に、本抗告理由の補充主張並びに事実の取調請求をいたしたく抗告審においてその旨ご配慮いただきたく上申致します。

以上

(原文縦書き)

〔参考4〕 抗告申立書補充理由書

抗告申立書補充理由書

窃盗、公務執行妨害、傷害保護事件

少年 M・K

右少年に対する福岡家庭裁判所平成6年(少)第2117号、第2537号事件につき、同裁判所が平成6年10月21日になした中等少年院送致決定に対して、平成6年11月2日になした抗告について次のとおり、その理由を補充する。

平成6年11月11日

付添人弁護士 ○○○○

福岡高等裁判所 御中

抗告の補充理由

一 本件については、御庁に対し平成6年11月2日付で抗告申立をなしこれを福岡家庭裁判所において受理されていたところである。

ところで、本件審判調書が同年11月11日付で作成されており、これを検討するに、56丁に裁判官による本件に対する決定の言渡しの記載がある。その中で、少年が争っていた非行事実に対する事実認定がごく簡単に示されている。すなわち、「公務執行妨害の点についても、一連の流れをずっと見てきた場合に、君のとってきた行動は、やっぱり客観的に見て、警察官に暴行を加えたと認めざるを得ない。」とこれだけである。察するに公務執行妨害及び傷害についていずれも非行事実ありと判断したという趣旨か。

ここでいう一連の流れとは何を指すのか、仮に少年から審判において質問し引き出した、バイクを押して行こうとするまでの経過をいうのであれば、この経過の後にあったとされる警察官に加えたと認めざるを得ない暴行とは何なのか全く不明である。非行事実を争っているのに拘らず、公務執行妨害罪における構成要件の重要な要素である暴行についてすら、審判において少年から全く事情を質問していないばかりか、一連の流れからこれが推認されるというのであろうか。この一事をもってしても、非行事実に対する厳格な認定がされているかどうか全く不明である。

以上

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